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samedi 13 août 2005

Commentaires

中井亀之助

小倉節復活ですね(笑)ありがたいことです。

>例えば、源義経が平泉で死んだか、北海道まで逃れたか、あるいはモンゴルにまで逃れてジンギスカンになったのか等と言うことは、それぞれが信じたい説を信ずればいいのであって

 歴史学者の中で、義経の死に方についての通説はあると思います。(文治5年(1189年)閏4月30日、衣川館にて平泉の兵に囲まれた義経は、一切戦うことをせず持仏堂に篭り、まず正妻郷御前と4歳の女子亀鶴御前を殺害した後、自害して果てたとされる。数え年で31であった。)

その通説を離れて「義経がジンギスカンになったという説が(も)ある」というのはいいとして・・・
「実は義経はジンギスカンなのですが!」とある隣人が断言して議論を始めたとしたら、普通ですよ、まずその隣人がその事実を証明するなにか、新しい真実らしい証拠を提示するべし、と期待されるのではないかと?

そして一方議論をされた人が、その説が嘘だ、ということを証明するのは、ほぼ不可能なことのように思われるのですが・・・

無七志

IPが同じとは言っていたようですが「あなた達は同一人物だったんですね」とは言ってないのではないでしょうか。

JSF

あ、そーいえば小倉さん貴方は以前、Мышкинさん以下数名の方に対し「あなた達は同一人物だったんですね」とレスしていましたが、これの証明はどうなりました?

証明というか証拠を出すだけですから、簡単だと思うんですが。

当然のことですが証拠を出せない場合、小倉さんは発言を撤回すべきだと思いますー。

朱 苗牟

とりあえず質問なんですが(と書いても無視されるでしょうけど)

別にネット上でもそうでなくても構いませんから、「中立性」や「一定の資質」がある人って、例えば誰でしょう。
具体的に例示お願いします。


これで「裁判官」とか言われたら笑うしかないわけですが‥‥(苦笑)

サスケット

前エントリで資質や能力のある中立的な第三者が居ないゆえに誰に証明するかが難問だとありましたが、
本エントリでは『だからこそ、「証明」というのは、中立的な第三者に向けて行われることになります。』と断定されていますね。

ああ、しかし悲しいかな、ネット上に限らず中立な第三者など普通居ないわけで…ああ、小倉さんの常識では違うんでしょうが、裁判とかやら無い普通の場合ですな(笑)居ないわけで。


さて、ココでエントリを見てみますと。

>その事実の存否が「証明」されあるいはされなかったことにより不利益を被る者を制度的に納得させることができません
>それ以前に、客観的な真実通りに事実が「証明」される確率が低下してしまう

要するにやっぱりコストパフォーマンス(もっといい言葉は無いものか)の問題ですな。
一つは不利益の金額によっては「そこ」でこそいよいよ職業裁判官の出番ですよ?!な状況。
一つは誰も反論できない意見が「客観的な真実」足りえるのかどうかの判断……誰も反論できないから「真実足りえない」という意見がそもそも出てこない。正しくないことを押し付けられた側も正しくないことを納得しているという状況ですな。
前回コメント欄で述べた必要とされる厳密さの違いというやつですね。


それから、私が『~仕合になってしまう可能性もゼロではない』としていた部分、
>客観的な資料から見て間違いなくそういえるという場合を除けば、相手方はいつまでも異論を言い続けることが可能です。
のような個所では Мышкинさんいうところオーディエンス…ある種の世論(というほどでかくは無いか)が使えるのでしょう。

『客観的に見てみんな納得しているのに何でそんな細かいことばっかりにこだわってるんだろ。恥ずかしくないのかしらん。』

「より暇でより羞恥心を欠く人が唱え続けている」おかしな意見を納得する謂れはないわけで。
よくあるコメンツスクラーム!な例において金銭的な不利益や、何らかの勝たなければならない義務が発生することも稀なので、頭の悪いネタはスルーしてしまうという選択肢もアリですね。
プライド的問題は、頭の悪い対抗者ではなく普通で一般なオーディエンスは納得させることができているというところで補完する。
終局としてはそんなところが妥当かな。


要するに議論に置いての落しどころはどこか、勝利条件はなにか、そういった状況に応じてテケトー(適切で妥当のほう)に変動させると言う考え方が必要だと思います。


ちと端折ってくりかえしー。
では戻って。なぜ「完璧(に近い)でない」ことが必要になるのか。

>誰にどのような心証を抱かせると「証明がなされた」ということになるのでしょうか。特に、この「誰に」という部分が難問です。
>、「証明」の成否を判断する者は、そのような成否を正しく判断できる可能性が高い一定の資質が求められることになります。

その理由が、『そう簡単には見つからない』ものを『求めている』からなのです。
レアなアイテムは必要なときに優先して使うべきでしょう。不利益を被る時とかね。

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