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dimanche 30 octobre 2005

Commentaires

sakimi

小倉先生
これはコメントスクラムといえるのか分かりませんが、他の人間の意志を無視した行動をした人達に数多くの苦情が出ています
http://blog.livedoor.jp/open_eyes/archives/50162214.html

伝統を守る事すらネットが発達した社会ではいけない事なのでしょうか?

煙感知器

「所詮はブログのコメント」ではなく「所詮はその程度の書き手」ということなのですよ。

「貴重な時間が無駄になる」とか「熱くなって」という割には、ご自身が顔を真っ赤にして時間を費やして長文を書かれているようですが(笑)。

匿名の臆病者

>自分に都合の悪い意見については思想良心の自由、表現の自由を全く認めないという、思想良心の自由、表現の自由の意義を全く理解していない

 それはそのような意見を言う貴兄のことでしょう。自分が書いた文章をもう一度読んでごらんなさい。ブーメラン効果とかブーメランギロチンという概念を勉強することをお勧めします。
 貴兄は他人の意見にあまりに不寛容です。自分と他人が違う意見をもっていて相互批判がなされるのが当たり前、というのが社会です。お花畑の仲良しクラブという部分社会に住み続けていては永久に判らない大事なことです。

匿名の臆病者

>インターネット上で自分の感じたことおよび、印象をつれづれなるままにコメントをしただけで、この有様。

 ご自身のご見解に賛同意見が付かないからと言って、そこまでカリカリすることはないと思います。むしろネットとは、自分の意見の適否や問題点を多数の方に無料でチェックしてもらえるありがたい世界と思うといいのではないでしょうか。
 もちろん、極端な間違いや知ったかぶりやフカシをすれば、その道の権威だろうが第一人者だろうが、相当キツイ批判やツッコミが入りますが、それは現実社会と同じ当然のことですから覚悟しておいた方がいいと思います。

N

>「この有様」って意味が分かりません。
オリジナリティの乏しく的外れなツッコミを骨髄反射的に書き入れる、というこのブログにおける一部のコメント者の行為態様全般を示しているのだと考えられます。
文意が読み取りにくいのではくて、失礼ながらあなた個人の想像力が欠如しているのではないでしょうか。この程度の指摘に「トラウマでもあるんでしょうか」など揶揄することは、本当の意味で癒し難いトラウマを抱えて苦しんでおられる方々に対して大変な侮辱になると私は思います。

>「そんな奴、おらんやろ~」と一言言っておこうとするのは人間としての当然の反応
であれば、学生などこれから社会性や常識を身につけていこうとする人達のモラル意識形成プロセスにも配慮されてはいかがでしょう。

平田

>私が思うにブログにおけるコメントなんて所詮日常会話の延長でしかないと思っています。学術論文ではないし、公的な存在でもありません。

とはいっても、「明日太陽は西から昇る」なんていうことをいうと「そんなことないでしょう(笑)」という突込みが入るのは当然ではないでしょうか。まあ、それは極端にしても不特定多数の人間が見る可能性があるので、学生などこれから社会性や常識を身につけていこうとする人達をミスリードするような意見に対して批判や反論が書かれるのはしょうがないでしょうね。特に中学生や高校生は冒頭のようなレベルの低い極論に傾倒しがちなので「そんな奴、おらんやろ~」と一言言っておこうとするのは人間としての当然の反応ではないかと。

それはともかく
>インターネット上で自分の感じたことおよび、印象をつれづれなるままにコメントをしただけで、この有様。

貴方のコメントに対しては2つくらいしかレスが付いてないと思いますが「この有様」って意味が分かりません。なんかトラウマでもあるんでしょうか(笑)。

honda

インターネット上で自分の感じたことおよび、印象をつれづれなるままにコメントをしただけで、この有様。

まず「ソース」の意義が不明で何を言っているのか分かりませんが(単に情報源を開示することに何の意義があるのか不明。真に重要なのは情報源が信頼に足りるかどうか、きちんとした証明力を有しているかということ。)忖度するに「エビデンス」のことと思います。

私が思うにブログにおけるコメントなんて所詮日常会話の延長でしかないと思っています。学術論文ではないし、公的な存在でもありません。もちろん、不特定多数の人間が見る可能性はありますから、個人のプライバシー等は書かないなど、ある程度の限定はありますが。そして日常会話において、全ての発言にエビデンスの具備が要求されるのでしょうか。もし要求されるとするならば、人間の会話のほぼ全てを禁止することになってしまうと思うのですが。
当然のことながら、芸能人のゴシップネタや会社の人間関係の噂話も禁止ですね。
少なくとも私はできませんし、ほとんどの人間もできないでしょう。

まあ、PINさんは日常会話においても、例えば明日の天気が話題になったとき、厳密な科学的知見に基づく鑑定類似の情報を具備しながら友人等と会話されるのでしょうが。よかったですね。

ところが私は前述の通り所詮日常会話に過ぎないブログについて「ソース」(このタームを使用する人間って、本当に笑っちゃいます)なくコメントをするやいなや、この有様。これって右派の方がよくいう「言論弾圧」そのものなのでは。

自分の感想や気持ちを吐露することすら許さない右派。自分に都合の悪い意見については思想良心の自由、表現の自由を全く認めないという、思想良心の自由、表現の自由の意義を全く理解していない、まさに国民の敵ですね。

このことについてもはやこれ以上、コメントしません。対応することは貴重な時間の「無駄」以外の何物でもありませんし。
そう、所詮ブログなんてその程度のものですよ。何熱くなってんだか。かっこ悪いですね。

PIN

>印象操作しまくってるのは右派のほうなんですがねえ。

直後に

>「保守派メディア」とされる産経などでも社会部記者なんかには
>やはり現場の事件取材などを通じて社会矛盾を感じ取り、
>会社の論調とは一線を画した考えを持っている記者も多いと聞きます。

「~と聞きます」と伝聞で書いてソースも出さないまさしく印象操作。

「批判が自分に跳ね返る」というのはやっぱ誰かさんのが移ったからですかね(笑)

honda

>印象操作するのはけしからん
印象操作しまくってるのは右派のほうなんですがねえ。

「保守派メディア」とされる産経などでも社会部記者なんかにはやはり現場の事件取材などを通じて社会矛盾を感じ取り、会社の論調とは一線を画した考えを持っている記者も多いと聞きます。
政治部が力を持っている新聞社はどうしても政治部記者の仕事の中心が与党関係者を追うことになってしまっている関係上、論調が保守的になってしまうようです。渡辺恒雄という人が象徴的ですが、政治部出身者が牛耳る読売新聞社はその典型例といいます。渡部恒雄氏と黒田軍団といわれた読売大阪社会部の社内抗争は有名ですね。
だから、朝日新聞社なんかも一度転び始めるとあとは戦前の論調にまっしぐらでしょうね。
日経新聞が比較的リベラルなのは、まず読者層の中心がホワイトカラーであり教育水準が高いことから狂信的な論調では読者がついて行かない事と、政治部が経済部等よりも社内的に遥かに劣後することにあるようです。

小倉さんも滝川さんファンですか。私も彼女の横にいるオヤジはウザイし論調も気に食わないですが、綺麗な人は素直に綺麗だと思いますから結構見ます。

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