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samedi 29 octobre 2005

Commentaires

小倉秀夫

「左翼」といっても、共産主義者・社会主義者だとたぶんに共同体主義的だったりしますから、そう簡単にはいえないと思いますけどね。

他方、ネット右翼から左翼として攻撃されるのは、しばしば単なるリベラリズムであって、むしろ中道に近い人たちだったりしますしね。

中井亀之助

右翼が共同体主義(人間の感性を信じる・現実主義的)であり、左翼が個人主義的(人間の理性を信じる・理想主義的)である。ということはいえるのでしょうか?

右翼の場合、結局人間が社会的存在である、という諦念があるような気がします。そのなかでましであればいい、という。(右翼が、いざというときにたしかに共同体的熱狂へ異議をはさむ個人力に欠けることは事実)

一方左翼の場合、共同体は本来力強く存在してはいけないはずのものなので、存在した場合のよし悪しの議論もできないようなところがあります。(だから共産党や社会主義団体の共同体性は非常に性質が悪くなり勝ち)

保守・革新は、主に社会が変化する速度に対する期待の違い(保守=遅い、革新=速い)ですが、集団は個人より行動が遅いので、保守=共同体性=右翼、革新=個人性=左翼という一般的な傾向はあるとおもいます。
 しかしその理想を実現する現実の力は、かえって革新が(大衆からの離反により・速度への期待により)組織性を帯びなければ難しいのに対し、保守は(大衆との結合により・速度への期待対がないため)むしろ個人主義者としての意見主張に頼る、という逆説が生じるように思えます。

 しかし。ネット上で生じている現象は、確かに一見、上記従来の定説と逆転していますね。ネットによって独立する(あるいはしていない)個人が連携しているように見える一方=ネット右翼、本来組織性にたよるべき人々がそうした連中(理想主義者)とネットとの距離が遠いこと、また保守的な大衆の中で孤立して見えるという=ネット左翼。

 おそらく大衆の参加の有無による連帯感の差が露骨に生じているのだと思いますがね・・(いいか悪いか別にして)

サスケット

>ただよく分からないのは、かかるネット右翼の大部分が中学や高校時代においてクラブ活動や学園祭、生徒会活動等を忌避していたであろうことは確実と思われますが、なぜここに来て、連帯感を求めるのでしょう。

それはおそらく、2ちゃんねらー=ネット右翼と呼ぶときの分析が間違ってるからじゃないでしょうか。
すなわちこれ。

>そこに国家、共同体の幻想をちらつかせれば、支配されたがる人ネット右翼の誕生となるのでしょう。

きっと別に支配されたいとか思ってないwwww

2ちゃんねらー=ネット右翼と呼ぶときの右という価値観は、嫌いなモノ。
例えば私のような(笑)親中国派が左寄ってるから、嫌いなものの逆に行って相対的に右ということになるんでしょう。
つまり傍から見ると敵の敵は味方ぽく見える理論。

ようするに、すなわち自集団に敵対しそうな存在の敵に回ってるだけであり、逆に下手に支配されようとすると反発してくる。
中国のデモとか取り上げられるせいで、それに反発して必然的に2ちゃんねらー=ネット右翼と言う扱いになるというところではないかと。
恐らく右翼系がなんか大神祭起こしたら容易にそっち叩きに行くんじゃないかと。
リベラルっちゃあリベラルなんでしょきっと。

これらの挙動はいわゆる祭の発生を見ているとわかるのではないかと。
人気の『祭』先は別に政治心情とか無関係ですしね。

>ネット右翼が既存の右翼のように「右翼的」なる要素について多分に無関心な
というのもこれで説明がつくかと。そもそも政治活動に無関心であり、わかりやすく敵か味方か…微妙に違うな。
好きか嫌いか。きらいなときに義憤ぽく展開することが可能か。
そんなところでしょう。

honda

>ネット世界に右派が多いのは、2ちゃん的な完全価値相対主義に毒されすぎて出口を失ってしまう人が多いからではないか、そうであるから政治的信条の共有によって連帯を意識し、また「反対派」を「政治的信条」という思想に則って叩くことで精神的充足感を得るのではないか、と私は想像します。

 その通りだと思います。ネット右翼層のかなりの部分は2chネラー的引きこもり、もしくは予備軍であろうと推定されるところ、彼らはまさに社会とのつながりを失った、原子化し漂流する個といえます。
 彼らのように原子化し、いわば「何でもあり」の状態に置かれたとき自己の存在について不安が生じる危険は誰にでもあります。かれらは塀のない独居房に入れられた囚人といえるでしょう。
 そして、自己の存在について不安を抱いた者は、使い古された言葉ではありますが容易に、「自由からの逃走」を図ります。
強いものへの憧憬と、みんなと同じものへの同一化。
 そこに国家、共同体の幻想をちらつかせれば、支配されたがる人ネット右翼の誕生となるのでしょう。
 そのように考えれば、ネット右翼が既存の右翼のように「右翼的」なる要素について多分に無関心な反面、反リベラルという点では極めて先鋭的、攻撃的な態度を見せることについて納得がいきます。なぜならば、多分において誤解であり、被害妄想の産物であるのですが、リベラル的なるものこそ自分を漂流する個に還元し、「不幸な自分」を作り出した元凶と考えているだろうからです。
 とするならば、ネット右翼の最終的な目的は別に憲法改正でもなく、戦前回帰でもないのでしょう。戦前回帰に郷愁を持っているようですが、それは共同体意識が強固で、地域社会においても隣組等、共同体が
ワークしていたからなのでしょう。近隣諸国への誹謗中傷にたいしても別に愛国的心情を動機としているのではなく、近隣諸国を誹謗中傷することによって「日本」という共同体意識を感じることができるから、という理由に過ぎないのでしょう。

 ただよく分からないのは、かかるネット右翼の大部分が中学や高校時代においてクラブ活動や学園祭、生徒会活動等を忌避していたであろうことは確実と思われますが、なぜここに来て、連帯感を求めるのでしょう。
 原子化した漂流する個となったのは自己責任ではないのか。今になって変な連帯感求めんなよって思います。

N

>hondaさん
>(右傾化は)アメリカ社会の変化が大きかったのではないかと

私もそう思っていました。大統領型の強いリーダーシップや支配のバックグラウンドになる宗教観・共同体倫理意識、そういうものに憧れる心情は理解できます。私も反発と憧れを同時に感じていますし。なにしろ不穏な世の中ですし、精神的な拠り所(レスペクトできる対象や思想)が何もないですから。
ネット世界に右派が多いのは、2ちゃん的な完全価値相対主義に毒されすぎて出口を失ってしまう人が多いからではないか、そうであるから政治的信条の共有によって連帯を意識し、また「反対派」を「政治的信条」という思想に則って叩くことで精神的充足感を得るのではないか、と私は想像します。
米国の帝国主義的行動に対しては、「あんな国になりたくない・なってはいけない」と感じる人と、「適応しなければ・適応するからには勝ち馬に乗らねば」と感じる人に分かれるのではないかと思います。そして、基本的に日本人は自国の限界を一応わきまえていますから、現実主義者であればあるほど、適応する道を好んで選択してしまう、という傾向があるかと思います。
加えて、米国の帝国主義・国際法違反が罷り通るならば、日本の戦後処理や開戦の歴史的位置付けについて納得できないと感じる者が増えるのは当然でしょうね。
私自身はリベラルな価値観が好きですから、コミュニタリアン的な思想に共感を覚えたとしても、右派が集団論理を持ち始めた時点(イラク戦争後)でサヨウナラです。右派がマイナーになれば逆にそっちに転ぶかもしれませんが(笑)

antiECO

>いつになったら、日記を再公開されるのですか?

そろそろ再公開しようかとは思っているのですが、タイミングが難しく、ただ、準備のため少しずつ(新しいエントリーを)書き始めてはいます。

もう少し時間がかかりそうですが、今月中にはなんとかなりそうです。

Anonymous Coward

Hi! Mr.Ogura-san.
This is Anonymous Coward speaking.
We're hsving been waiting your COMMENTS.
Thank you. Good day!

--------------- Q ---------------

Buenos tardes, Ogura.
Mi nomble F.Suzuki.
Hablo solamente un poco Espaol.
Tenga la bondad de Ilamarme de nuevo,por favor.
Hasta la vista. Adios!

Kommentiert von: F.Suzuki | 08. Juli 05 um 00:11 Uhr

Buon giorno, Ogura.
Questa e la Nikkei F.Suzuki.
Ci simo incontrati anche altre volti.
Parlo soltanto un poco italiano.
Passate il mio cintrollo, per favore.
Arrivederla,Ogura,arrivederla e buon fortua!
Mille grazie.

Kommentiert von: F.Suzuki | 04. Juli 05 um 19:05 Uhr

IT匿名

いつになったら、積み残した質問への回答を初公開されるのですか?>小倉先生

小倉秀夫

いつになったら、日記を再公開されるのですか?>antiEcoさん。

honda

「私は批判だけでは物足りないので小倉先生の積極的なご意見を伺いたいだけだった」のなら「反対のための反対ばかりでなく」などと、ピントのずれた、右派の印象操作に乗せられた、なおかつ人を侮辱するレッテル張りをする必要はないんじゃないですか?

右派お得意の印象操作ですか。

印象操作、情報操作、都合が悪くなると少しずつ論点をずらし保身に走り、些細な相手のミスを針小棒大にあげつらう煽りたて。
右派のやるとこはアメリカ、日本ともに同じで分かりやすいですね。
 まあアメリカの右派の場合、影響が世界的なため日本のショボ右派とはスケールが違うわけですが。
しかし、今回の事件でアメリカの右派が打撃を受けリベラル復調となれば、(あまり期待はできませんが)その影響は日本にも及ぶことは必至でしょうから、アメリカ捜査当局のがんばりに期待したいところです。

因果関係は分かりませんが、日本の右傾化に影響が大きかったのは、ネットや一部メディアの影響もありますが、実はアメリカ社会の変化が大きかったのではないかと個人的には考えています。社会的風潮というものはまさにグローバルであって、1930年代は世界的にファシズム、共産主義の嵐が吹き荒れ、1960年代は反戦の嵐が吹き荒れました。何故このように一見因果関係が無いように見えるのに世界的(厳密には先進国間)規模で社会的風潮が類似してくるのでしょうか?

ただ、アメリカの場合(欧州も)、日本のリベラルのようにショボショボではなくかなり戦闘的に右派に対抗しているわけで、この辺りが民主主義基盤の強固さを感じうらやましくはあります。

後難を恐れて匿名

>トニオ君

 私は批判だけでは物足りないので小倉先生の積極的なご意見を伺いたいだけだったのに、どうしてそこまで他人のコメントの言葉尻をあげつらい粘着攻撃するのですか。小倉先生のブログにふさわしくない乱暴な言葉遣いまで使って、中学生ならまだしも自称19才なんだから貴兄の品性を疑いますよ。

後難を恐れて匿名

>はあ、そうっすかね。ジェンダーフリーへのバックラッシュなど、とても日本会議の指針は評価できかねますがね。

 ?????

トニオ

> それはいくら何でも失礼な「不真面目」なコメントではないかと。小倉先生のブログでは礼儀をわきまえましょう。

はあ、そうっすかね。ジェンダーフリーへのバックラッシュなど、とても日本会議の指針は評価できかねますがね。
http://seijotcp.hp.infoseek.co.jp/genderfreeQandA.html

antiECO

Eminemは今秋来欧&ツアーが予定されていて、フランスでも楽しみにしていた人が多かったのですが、体調不良による中止で残念でした。彼の歌詞はフランス人に届くものも多く、HMVやFNACで彼の曲がかかると思わず口ずさむ人が多いことに驚きます。
彼のPVも秀逸で個人的に好きだったりします。
ところで、ilonaちゃんはとうとう宇宙に飛び出しました。これまでのシングルを含むアルバムの売れ行きも順調です。

靖国神社に関しては、日本人にとっても難しい日本の宗教&宗教観、さらにはどのような類の宗教施設であるかという理解がとても難しく、また、難しいが上に個々においていろいろな解釈が成り立ってしまうという現実があることから、こちらの(市井の)人間の持ちうる感想としては、「なにがどのように問題となっているかもよくわからない。」というのが一般的のようですね。

nullpo

日経新聞はかなり中国万歳的な部分があると
思うんだが如何に?
そうでなければ、中国への投資なんて薦めないよね?
共産党政府の朝令暮改的な困った所業や労働力としての質の低さを
どのくらい日経新聞は書いているのか教えていただきたいものです。

後難を恐れて匿名

>トニオ君

>まあ、日本会議のお兄さんがたの言うことですからねぇ……真面目に聞いてあげることもないんじゃないですか?

 それはいくら何でも失礼な「不真面目」なコメントではないかと。小倉先生のブログでは礼儀をわきまえましょう。

後難を恐れて匿名

>まともな批判能力すらお持ちでないようで。

 そういう品のない嫌味皮肉当て擦りの類は小倉先生のブログにはふさわしくないので止めましょう。

中井亀之助

小生は、先生の反対の保守主義者の立場からですが、同じくA級戦犯分祀の論陣を張っており(ちなみに分祀後は首相参拝は全然OKという意見)長文で恐縮ですが、ご一読賜れば幸いです。

「A級戦犯合祀は自らやめるべきである(9月10日改)」
http://www.nozomu.net/journal/000150.php

N

記事の内容がリンク先の論理に対する正当な批判であることは一目瞭然だと思われますけれど。
一般的に、立論の論証部に対して反論することを批判と言い、この場合は対立する主張までは出さないのが普通です。

>反対のための反対
どこかの大衆政治家の答弁を真に受けすぎですね。まともな批判能力すらお持ちでないようで。

トニオ

まあ、日本会議のお兄さんがたの言うことですからねぇ……真面目に聞いてあげることもないんじゃないですか?

通りすがり

>今は批判を受けて

嘘言うな。小選挙区制が主たる原因だろ。

通りすがり

>「それで君の意見はいったいどこにあるのかね?」

いいじゃん別に。「レポート」じゃないんだし。しょせんブログだろ。
なに熱くなってんの?カッコ悪。

後難を恐れて匿名

 「反対のための反対」に存在意義があった大きな某野党(衆議院第2党)が昔はありましたけど、今は批判を受けて弱小化したみたいです。
 小倉先生も、反対のための反対ばかりでなく是非ご自身のご見解を披露される事を希望します。

PIN

はい皆さんこれが釣堀です。

反対の反対意見だけで
積極的に「国立追悼施設建設賛成」といってないところがポイント。
つまりこれだけ長文のエントリを書いておきながら

 自 分 の 主 張 は 一 切 な い

レポートとして私が採点するなら。

「それで君の意見はいったいどこにあるのかね?」

もみ。

MWAVE氏はリンク先も確認せずに、脊髄反射でコメントするなんて、せっかちさんだなぁ(嘲笑)

なんて思われる事にもなりかねませんから、リンク先を訂正したのならそう一言断りを入れるなり、いっそMWAVE氏の発言を削除するなりの対処をなさったらどうですか?

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