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mardi 18 avril 2006

Commentaires

憑依

>煙感知器さま
>ケロリンさま

 ご教授ありがとうございます。
 私が小倉先生の文章を誤解していたようです。
 お二人のご説明をきいて、小倉先生が本当に言いたい趣旨が何となくわかってきました。ありがとうございました。多謝!

ケロリン

憑依さんへ。

>この二つを並立させて順位付ける見解自体が成り立たないのではありませんか?

成り立つと考えられます。
小倉氏は「精神的自由」を持ち出して、表現の自由の中にある「表現内容の自由」「表現方法の自由」と「表現の匿名性の保障」を別々に分けてるみたいです。
具体的な解釈がされてないので誤読する人が多いかもね・・・。

ケロリン

おぐちゃんへ

「二重の基準論 (double standard)」を誤存知の上で、このエントリーを書かれたのですか?。
精神的自由権を制限する立法を厳格に審査することも誤存知ですか?。言論・表現の自由を規制する方法は、(1) 表現内容規制、(2) 表現内容中立規制に分けられますから、「表現の匿名性の保障」を同列に扱うのではなく、(1)、(2) の中で論ずるべきではないでしょうか? 。

でも、要保護性として「表現の自由」「表現の匿名性の保障」を並立させるのは学説はあまり関係ないように思われます。
もう少し具体的に書いていただかないと誤読されるますよ。

佩里(ハイリ)

>小倉先生
 
 私のミスでたいへん失礼しました。ダブル投稿になったようです。謝罪します。お手数ですがどちらかを削除していただくようにお願い申し上げます。

佩里(ハイリ)

小倉先生>
 
>「権利の行使には責任が伴う」として基本的人権の制約を比較的広範に認めてしまう方々が、ネット上での表現の自由の行使に責任を伴わせるために表現の匿名性の保障を制約させることに拒絶の意を示しがち
 
 相変わらず根拠となるデータが欠落していますよ。その「示しがち」って人はどれくらいいて全体の何割ぐらいらからそういえるのですか?単なる先生の主観的専断的認定じゃぁありませんか?

佩里(ハイリ)

小倉先生>
 
>「権利の行使には責任が伴う」として基本的人権の制約を比較的広範に認めてしまう方々が、ネット上での表現の自由の行使に責任を伴わせるために表現の匿名性の保障を制約させることに拒絶の意を示しがち
 
 相変わらず根拠となるデータが欠落していますよ。その「示しがち」って人はどれくらいいて全体の何割ぐらいらからそういえるのですか?単なる先生の主観的専断的認定じゃぁありませんか?

U-me

相変わらず小倉さんの「匿名性の保証」という言葉の使い方はユニークですね。

小倉さんのいう「匿名性の保証」を求めている人たちって、どこにいるでしょうか。
小倉さんが「匿名性の保証を求めている人たち」とする人々は、他の人からどう見えているでしょうか。

2chでさえIPアドレスは記録され匿名プロキシはどんどんはじかれていってるような現在、小倉さんのいう「匿名性の保証」を求める人々ってのはいったいどこにいるんでしょうかね(ああそういえば町村さんのところでした質問にはまだ答えてもらってませんね。私は1ヶ月でもそれ以上でも余裕で待ちますので。例の「一大勢力」とやらがどこで見られるのか、是非教えてくださいね)

煙感知器

「表現の自由」という言葉をどうとらえるかの問題はありますが,「表現内容の自由」と「表現方法の自由」とは別々に考えることは可能ですね。これは学説に寄りかからなくても出てくることです。

それから内心の自由と表現の自由とで,制約の許容性に段階を認めることが出来るというのは,さほど希有な見解ではないと思いますが。

憑依

>要保護性は、思想・良心の自由、表現の自由、表現の匿名性の保障の順になると思うのですが

 そんな学説はこれまで聞いたことがありません。そういう学説があるなら論文名や文献名の典拠を明示して教えてください。
 そもそも「表現の自由」(大項目)の中には「表現行為の匿名性の保障」(小項目)が含まれ表現の自由の保障が及ぶか?となるはずで、この二つを並立させて順位付ける見解自体が成り立たないのではありませんか?

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