ある種の企業活動が実体法的に適法か否かについて必ずしも明確ではなく、それゆえ適法説にたった上で当該種類の企業活動を行っている企業が数社ないし数十社(あるいはそれ以上)現に存する場合に、その中の1社をターゲットにして強制捜査を行い、経営陣を逮捕し、あるいはさらに起訴するということが、果たして妥当なのかという問題があります。
企業が当該種類の企業活動を行うことを抑制するという政策目的を実現するためであるならば、当該法律を所管する官庁が、当該企業活動は違法である旨の解釈指針を示した上で、ある程度の期限を与えて当該活動を自主的に中止又は変更するように企業に対し促し、それでもなお当該企業活動をあえて継続する企業がいた場合に初めて、司直の手に委ねるという方式をとることも可能です。そして、この方式の場合は、いきなり司直の手に委ねる方式と比べて、ある種の企業活動を抑制するという目的を果たす過程で不幸になる人の数を減らすことができます。
官庁の実体法解釈が必ずしも正しいとは限りません。したがって、当該法律の所轄官庁がある種の企業活動は当該法律に抵触し違法だと考えた場合に、当該企業活動を当該法律に抵触し違法とすることの是非に関して、パブリックコメントを求め、そのパブリックコメントの内容を吟味した上で、最終的に当該官庁として解釈指針を確定させるとなおよいのではないかと思います。
もちろん、いきなり司直の手に委ねる場合でも、刑事裁判の場で実体法の解釈論は行うのですが、刑事被告人対検察という対立構造の元ではいろいろな面で公正公平で中立的な論争というのは期待できませんし、刑事裁判官に経済法分野の実体法解釈をさせるのもどうかという感じもします。それに、日本では「法律の友」制度がないので、検察官の実体法解釈に反論できるのはスケープゴートにされた被告人(の弁護人)だけで、同種の企業活動を行っている企業経営者や、適法説に立っている研究者は基本的に蚊帳の外で論争が行われます(そうはいっても裁判所が違法説に立てばそれ以降は当該企業活動を強行することはまっとうな企業ではしにくいので、自分たちのあずかり知らないところで自分たちの行動を規制する法規範が創造されてしまうことになります。)。
今日聴いた曲の中でお勧めの1曲
Les matins d'hiver
by Star Academy 4
小倉さんの問題意識は共有します。ただ、昨今の事件の場合、共通した当該種類の企業活動と明らかに異なる違法な点が存在したために、今回の事態に至ったと考えた方がよいとは思いますが。
ところで、パブコメを募るにせよ、所轄官庁の実体法解釈指針はあくまでガイドラインです。法廷(や諸学説)がそれに従う必要はありません。実際には、ガイドラインを遵守した企業活動にいきなり司直の手が入ることは考えにくいですが、絶対ではないという基本だけはやはり看過すべきでない点だと思います。消費者などの弱者の意見が十分に反映されず、業界や関係当事者と官庁との間でつくられがちなガイドラインという形で、事実上の法規範が創造されることは、裁判所での判例による法規範の創造以上に不健全な結果になることも少なくありません。
わざわざこのような分かり切ったことをいうのは、例えば最近特に下級審では判事でさえ、過度にガイドラインに引っ張られて結論を出していることに対する疑問があるからです。とはいえ、これはガイドラインを扱う側の矜恃についてのことであって、ご提案されているような、関係者に予見可能性をもたらすメリットを否定するものではありません。
Rédigé par : 関口悟 | samedi 28 janvier 2006 à 04:55
オウムだけは破防法適用の前例として、適用させておくべきだったと思います
Rédigé par : sakimi | vendredi 27 janvier 2006 à 17:57
松本弁護士殺害事件にしても、サリン事件にしても、犯罪それ自体は誰の目にも明確ですが、巧妙な隠蔽により、オウムがその犯罪を犯したかどうかは長らくわかりませんですた。
つまり「企業活動が実体法的に適法か否かについて必ずしも明確ではない」状態が続きました。
こうした組織犯罪は、密偵、諜報により情報収集、犯罪の実在に確信を持った上でいっせいに強制捜査を行い証拠(サリン工場とか今回であればメール、会計操作資料)を押さえることが肝心です。
そうしないで、事前に「もし違法なことをしていたらやめてください」みたいな申し入れをしても、完璧な証拠隠滅が図られ、より隠蔽犯罪化し、より悪質になることが避けられないと思います。
Rédigé par : bold | vendredi 27 janvier 2006 à 11:40
地下鉄構内でのサリンの散布等による殺人行為の適法性については、実体法の解釈において疑義があったわけではありません。そういうことをしたら罪に問われるということは、普通常識のある人であればみなわかっているわけです。
Rédigé par : Hideo_Ogura | vendredi 27 janvier 2006 à 09:19
オウム真理教のときを考えてください。サリン事件とか弁護士殺人事件とがばらばらでてきて、どうも怪しいとき。ライブドア事件は経済事件におけるオウム真理教的犯罪で、社会学的に同型です。
以下企業を宗教とかえてみたコメントがありえるのかどうか(どうでもいいけどー)
「ある種の宗教活動が実体法的に適法か否かについて必ずしも明確ではなく、それゆえ適法説にたった上で当該種類の活動を行っている宗教が数社ないし数十社(あるいはそれ以上)現に存する場合に、その中の1社オウム真理教をターゲットにして強制捜査を行い、教祖を逮捕し、あるいはさらに起訴するということが、果たして妥当なのかという問題があります。」
オウム真理教が当該種類の宗教的破壊活動を行うことを抑制するという政策目的を実現するためであるならば、当該法律を所管する文部省が、当該企業活動は違法である旨の解釈指針を示した上で、ある程度の期限を与えて当該破壊活動を自主的に中止又は変更するようにオウムに対し促し、それでもなお当該宗教破壊活動をあえて継続する企業がいた場合に初めて、司直の手に委ねるという方式をとることも可能です。
Rédigé par : bold | vendredi 27 janvier 2006 à 09:06