矢部先生のブログからトラックバックを戴きました。
さて、自白がなければ有罪認定ができない事件というのはおそらくあるのでしょう。そして、そういう場合こそ、被疑者の記憶内容と異なった自白調書について署名・捺印してしまう動機というのが可能な限り排除されたものしか有罪認定のための資料として用いるべきではないと言えます。そのような動機が形成されることが排除されていない場合には、被疑者が自白調書に署名・捺印したという事実は、被疑者の記憶が自白調書に記載されたとおりであるとは限らない以上、被疑者段階での自白調書に記載された事実が被疑者の記憶とは異なり、さらに実際の過去の事実とも異なる可能性が相当程度あるからです。そして、自白がなければ有罪認定ができない事件(「罪となるべき事実」に記載されている事実が過去に存在していたのかどうかを知る決定的な手がかりが被告人の記憶しかない事件)において、その内容が被疑者の記憶とは異なるものである可能性が排除されていない被疑者段階での自白調書に依拠して有罪判決を下してしまうということは、その自白調書の内容が当時の被疑者の記憶と異なっていたときには、過去に存在しない事実に基づいて被告人を有罪とし、刑罰を科すことになります(注1)。
したがって、無実の者を処罰することを可能な限り回避するためには、少なくとも弁護側が証拠採用に同意しなかったときは被疑者段階での自白調書を証拠として採用することを回避するか、少なくとも被疑者の記憶内容と異なった自白調書について署名・捺印してしまう動機というのが可能な限り排除された状態でその自白調書が作成されたものであることを積極的に立証する責任を検察側に負わせるのが妥当だということになります。そして、法曹三者は、被疑者の記憶内容と異なった自白調書について署名・捺印してしまう動機としてはどのようなものがあるのか、そしてどのようにしたらそのような動機が形成されることを防止することができるのかということを、心理学者などの専門家などからの意見を十分に参考にして検討し、捜査段階での自白調書を有罪認定の証拠として用いてもよい場合というのを明確化していくべきだということが言えそうです。
(注1)
例えば被疑者の記憶にかかわらず捜査官の見込みに従った自白調書に被疑者が署名・捺印してしまう捜査システムにおいて、被疑者が捜査段階で自白調書に署名・捺印していればこれが証拠として採用されて有罪判決が下されてしまう公判システムが採用されている場合、冤罪率は捜査官の見込みの的中率に依存することになります。捜査官の見込みよりも刑事裁判の精度を高めるためには、捜査システムを改善して被疑者の記憶にかかわらず捜査官の見込みに従った自白調書に被疑者が署名・捺印してしまうことを防ぐか、公判システムを改善して被疑者の記憶にかかわらず捜査官の見込みに従って作成された自白調書が証拠として採用されて有罪判決が下されてしまうことを防ぐことが必要となります。
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