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lundi 05 juin 2006

Commentaires

sakimi

>「常識的なものと道徳に含まれる」判断基準であれば、歴史に善悪を付しても問題ないということで宜しいですね?

歴史には善も悪もない。後世の歴史家が(好き勝手に)評価を下すだけ。
それ以上でもそれ以下でもない

>結局提示されないままですが、教師が生徒に「人を殺してはいけない」とか「差別はいけない」などを教えたことに対して親からクレームがきたケースというのは結構多いのですか?

だから~
子供に自分の思想を植え付けるな、判断停止は思考の死
脳死の状態で脊髄反射するだけの人間を増やすなよ
頭ってのは生きているうちに使う物であって、死んでからは酒を飲むのにしか使えない
これは義経四歳のミギリのシャレコウベってな
基本的に科学や論理の発展・発達の基礎は全てを疑えなんだから

>戦争を仕掛けられた、と言ったって、それまでの経緯もあるわけですから、相手が悪だからと言って自分が善だとは限らないでしょう。

キチガイに刃物

>ゆえに死刑で人を殺すのは「悪」ではないということですね。「悪」ではないということは、それは「善」ですか?それとも「そもそも善悪など決められない」ですか?

国は人ではなく、善も悪も無い
企業が利益を優先するのと同様、国は国益を追求するだけ
システムの動作に個人的に善悪付けてどうするのさ(それに同意している人間が多いのに)
刃物は人を殺すことがあるから危険だとでも言いたいのかな?
そんなことを言い出したら野菜を千切りにすら出来ないジャン
文章はちゃんと読みましょう

>子供に善悪を教えることがなぜそれらの条項に反しているか根拠が書かれていませんよ。善悪は倫理であって思想ではないですし。

権利の乱用スンナ
引越し引越し、さっさと引越し

平田

>「自由」の意味をはき違えていらっしゃるようですね。そんなロジックがまかり通れば、戦争を望むセンスも虐殺を望むセンスも差別を望むセンスも許されてしまいますよ。

そうですか。センスというのがまた一般的ではない意味で使っていらっしゃるようですね。
敢えてこの部分に反論するならば、戦争を許すセンスと、虐殺を許すセンスを同列に扱っているセンスが理解できないとしか言いようがありません。

>戦争が悪である、という倫理に基づくならば、その実践として九条を守っていくというのは一つの選択肢ですから、「惨禍」を二度と起こさないためには九条を守りましょう、と呼びかけることは特に間違っているとは言い難いと思います。

 この一文が貴方の間違いの全てを自ら表現しています。
私は戦争が悪である、というのは倫理的に間違っていると思いますし、一般的に考えてもそんな倫理を持っている人は少数派だと思います。戦争というのは1つの方法ですから善悪という倫理とは無関係だと何度も言っています。
 何度も言っていますが、貴方が周りの人に呼びかけるのは「自由」ですが、教師がそれを生徒に呼びかける「自由」はないというのが始めからの私の主張です(「自由」の意味をはき違えていらっしゃるのは貴方の方だと思います)。
 もっともおかしいのは「「惨禍」を二度と起こさないためには九条を守りましょう」の部分なんですが、戦争をすると過去(太平洋戦争当時)の惨禍と同様の惨禍が起こる(多分、貴方の脳内では「起こす」)と考えていることです。「戦争=惨禍」という概念が印象操作によって間違って刷り込まれています。それこそが問題だと何度も言っています。

>「最善である政策を選択」するのは倫理的基準によるものであるわけですから、「正しい判断ができるような人間」というのは倫理性に長けた人であるわけで、そうした人材を育てるためには倫理をしっかりと教えていかねばなりません。

宗教家が言うような正論というか理想論ですが、国にとっての最善というのは倫理だけの問題ではありません。戦争は悪であるなどという間違った倫理観を持たないようにしっかりと教えなければならないというのであれば賛成です。

>しかし逆に言えば、子供に善悪を教えないような教育をすれば「世界中から犯罪や戦争なくなる」保証だってどこにもありませんから、反論としてはあまり意味はないと思います。

誰が「子供に善悪を教えないような教育」をすればそういう保証があるなんて言いましたか?いい加減にしてもらえませんか。
そんな無意味で低俗な逆を言って印象操作するのは止めてくださいと何度言えば宜しいのでしょうか。きちんとした本質的な反論を1つでもいいからして下さい。

福田

sakimiさん

>ただし、常識的なものと道徳に含まれる物は無効。

「常識的なものと道徳に含まれる」判断基準であれば、歴史に善悪を付しても問題ないということで宜しいですね?

>限定する必要は無いけど、親と教師の言っていることが違ったら子供は混乱します。

結局提示されないままですが、教師が生徒に「人を殺してはいけない」とか「差別はいけない」などを教えたことに対して親からクレームがきたケースというのは結構多いのですか?

>戦争は仕掛けるだけでなく、仕掛けられることもある。攻めてくる敵は悪だ

戦争を仕掛けられた、と言ったって、それまでの経緯もあるわけですから、相手が悪だからと言って自分が善だとは限らないでしょう。そもそも「原因・理由」の究明からは善悪の話は出てきません。例えば殺人だって殺人するに至るさまざまな原因・理由を並べることが可能でしょうが、たとえ「相手が喧嘩を仕掛けてきたから殺した」と主張したところで、殺人が善であるはずはありません。原因・理由がどうであれ、倫理的に殺人を犯した責任から逃れることはできないわけです。

>殺人者が死刑にされるのは、その人間を放置したら他の人間が危険だから。

ゆえに死刑で人を殺すのは「悪」ではないということですね。「悪」ではないということは、それは「善」ですか?それとも「そもそも善悪など決められない」ですか?

>あなたの主張は
>第12条に対して権利の濫用で公共の福祉に反し、第13条に対してでは公共の福祉に反しない限りに該当
>第19条と第23条、第26条の(1)ひとしく教育を受ける権利を有する。に反する

子供に善悪を教えることがなぜそれらの条項に反しているか根拠が書かれていませんよ。善悪は倫理であって思想ではないですし。

>第39条により過去の犯罪を現在の法律で裁くことは不可。

私がいつ「過去の犯罪を現在の法律で裁く」なんてことを言いましたか?

福田

平田さん

>私や貴方がどんなセンスを持つかは自由であるのと同様に子供達にもその自由がある

「自由」の意味をはき違えていらっしゃるようですね。そんなロジックがまかり通れば、戦争を望むセンスも虐殺を望むセンスも差別を望むセンスも許されてしまいますよ。いじめだって暴力だって何でも許されてしまいますね。ちょっと過激でびっくりしてしまいます。

>「自民党はすばらしいから、君達も大人になったら自民党に投票しよう」と教えることは間違っているのは明らかですよね。

どの政党を支持するか、というのは教育の目的に合致しませんし、そもそも倫理と違って、普遍性が低いものですから例としては違いますね。

>「憲法九条はすばらしいので、君達も大人になった時に九条を変更する国民投票があっても反対票に投票しましょう」と教えることも間違っていることは明らかですよね。

戦争が悪である、という倫理に基づくならば、その実践として九条を守っていくというのは一つの選択肢ですから、「惨禍」を二度と起こさないためには九条を守りましょう、と呼びかけることは特に間違っているとは言い難いと思います。

>50年後も100年後の日本や世界情勢がどうなっているかなんて私達には分からないわけです。その時にどういう政策を選択するかは未来の人たちが判断するわけです。その時にもっとも最善である政策を選択できるような、正しい判断ができるような人間になるような教育をしましょうと、今のままではそうならない可能性が高いのでその対策の1つとして教育法改正をやりましょうと言っているのです。

「最善である政策を選択」するのは倫理的基準によるものであるわけですから、「正しい判断ができるような人間」というのは倫理性に長けた人であるわけで、そうした人材を育てるためには倫理をしっかりと教えていかねばなりません。

>問い続けていれば世界中から犯罪や戦争なくなるんですか?それは教育ではなく宗教だと言ってるんですが。

それは分かりません。しかし逆に言えば、子供に善悪を教えないような教育をすれば「世界中から犯罪や戦争なくなる」保証だってどこにもありませんから、反論としてはあまり意味はないと思います。

sakimi

反論が返って来ないようなので、適当に纏めた物を消すのも勿体無いから書き捨て>福田さん

日本国憲法
http://kenpou.jp/home3.html
第12条【自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止】
この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によって,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであって,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第13条【個人の尊重と公共の福祉】
すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。
第15条【公務員の選定及び罷免の権,公務員の本質,普通選挙の保障,秘密投票の保障】
(1)公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。
(2)すべて公務員は,全体の奉仕者であつて,一部の奉仕者ではない。
(3)公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障する。
(4)すべて選挙における投票の秘密は,これを侵してはならない。選挙人は,その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。
第16条【請願権】
何人も,損害の救済,公務員の罷免,法律,命令又は規則の制定,廃止又は改正その他の事項に関し,平穏に請願する権利を有し,何人も,かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない
第17条【国及び公共団体の賠償責任】
何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。
第19条【思想及び良心の自由】
思想及び良心の自由は,これを侵してはならない。
第23条【学問の自由】
学問の自由は,これを保障する。
第26条【教育を受ける権利,教育の義務】
(1)すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。
(2)すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は,これを無償とする。
第39条【遡及刑罰の禁止,一事不再理】
何人も,実行の時に適法であつて行為又は既に無罪とされた行為については,刑事上の責任を問はれない。又,同一の犯罪について,重ねて刑事上の責任を問はれない。

あなたの主張は
第12条に対して権利の濫用で公共の福祉に反し、第13条に対してでは公共の福祉に反しない限りに該当
第19条と第23条、第26条の(1)ひとしく教育を受ける権利を有する。に反する
よって公立学校であれば第15条、第16条、第17条により指導要領を無視して偏った思想を教える教師は罷免可能

エントリの本題に戻って、「現代の倫理で解釈して歴史を教えること」は問題ないが、第39条により過去の犯罪を現在の法律で裁くことは不可。
現在の論理で解釈してよいのは、歴史的事実の流れが結果として何を導いたかだけです。

さて何か問題があるのかな?

平田

>なぜそんなに戦争を望むのでしょうか。カッコいいからですか?私にはそのセンスは理解できません。

私が戦争をしたいとか、貴方がしたくないと思っているとか、そういう話をしているのではないと何度言ったら解かるんですか。私や貴方がどんなセンスを持つかは自由であるのと同様に子供達にもその自由がある、勝手に先生がそのセンスを無理強いするのは間違っていると言っているのです。

 まず、先生が自民党が好きだとした時、子供達に「自民党はすばらしいから、君達も大人になったら自民党に投票しよう」と教えることは間違っているのは明らかですよね。同様に、先生が戦争嫌いだとしても、「憲法九条はすばらしいので、君達も大人になった時に九条を変更する国民投票があっても反対票に投票しましょう」と教えることも間違っていることは明らかですよね。
 50年後も100年後の日本や世界情勢がどうなっているかなんて私達には分からないわけです。その時にどういう政策を選択するかは未来の人たちが判断するわけです。その時にもっとも最善である政策を選択できるような、正しい判断ができるような人間になるような教育をしましょうと、今のままではそうならない可能性が高いのでその対策の1つとして教育法改正をやりましょうと言っているのです。
 貴方が自分の子供に「戦争なんて無駄死にするだけだから戦争があっても参加してはいけないよ」と教えるのは自由です(私の倫理からすると間違ってますが(笑))。しかし、先生が自分の担任している40人近い生徒に対して同じことを教えるのは間違っているのです。何故間違っているかは逆を考えれば簡単に解かるでしょう。と言っています。

>どんな状況であれ犯人が射殺された場合、「果たして他に選択肢はなかったのだろうか」と問い続けることが倫理的な態度です。

問い続けていれば世界中から犯罪や戦争なくなるんですか?それは教育ではなく宗教だと言ってるんですが。

sakimi

>善悪の基準は法律だけに限りません。善悪の基準を法律に限定してしまうと、法に触れなければ何をしてもいい、というロジックになってしまいます。

アホですかあなたは?
常識や道徳の先に法があって、法に反するのは悪い事でしょうが。
たとえ法に触れなくても、多くの人間が変(偏でもいい)だと思ったらそれを制限する法は生まれます。
この辺は常識。

例外で返したいならば、法律に依らない善悪の基準を出してから出してください
ただし、常識的なものと道徳に含まれる物は無効。

>学校では親の目は子供に直接的に届きませんから、必然的に善悪を教える役割は教師が担う必要があります。

親の目が届かないところで嘘を教えるのは「悪」ですよね(答えは前回貰えなかったけど)
それと、「教師が」ではなく「教師も」
優先順位から言えば、親には子供に教育を受けさせる義務があるので
親>教師

>善悪を教える役割の担い手をどちらか一方に限定する必要はどこにもありません。

限定する必要は無いけど、親と教師の言っていることが違ったら子供は混乱します。

>しかし戦争は自国民を死に至らしめますから、自国民を守っていると言い難いでしょう。

頭痛が痛いよ
戦争は仕掛けるだけでなく、仕掛けられることもある。攻めてくる敵は悪だ
その際に自衛すら行えず、自国民を守れないのは国として失格
軍人は同胞を守るため命を張るのが仕事

あなたが何を言いたいか理解不能です

>また、死刑に関しても死刑囚という自国民を死に至らしめているわけですから、自国民を守っているとは言い難いですしょう。

殺人者が死刑にされるのは、その人間を放置したら他の人間が危険だから。
極少数の人間のために大多数人が不幸になるのは民主主義に反するから。
こんなの小学校で習うことでしょ。

福田

>50年後も100年後も日本は戦争をすることが出来なくなるんですけど間違っているとは思いませんか?

なぜそんなに戦争を望むのでしょうか。カッコいいからですか?私にはそのセンスは理解できません。

>教師が、その自分の選択している価値基準とする倫理を勝手に生徒に教えていることが間違っていると何度言えば分かって貰えるのでしょうか?

勝手に教えているわけではなく、善悪を子供たちに教えるのは大人の役割だからこそ教えているのです。善悪を判断できない人間に育って貰っても困りますから。

>要求を呑まなければ人質を殺すと言っているときに、警察が強行突入することも出来なくなります。

要求を呑めば人質は助かります。「犯人を射殺しなければならない状況」というのが、どのような状況を指していらっしゃるのかよくわかりませんが、どんな状況であれ犯人が射殺された場合、「果たして他に選択肢はなかったのだろうか」と問い続けることが倫理的な態度です。「他に選択肢はなかった」という回答は、単に倫理的な責任追及から逃げているだけの無責任な態度であると言えるでしょう。

平田

>しかし戦争は自国民を死に至らしめますから、自国民を守っていると言い難いでしょう。また、死刑に関しても死刑囚という自国民を死に至らしめているわけですから、自国民を守っているとは言い難いですしょう。

どこまで屁理屈を言えば気がすむんですか?

そんな屁理屈で話を進めてよいのならば、
例えば、銀行に人質をとって立て篭もっている強盗犯がいて要求を呑まなければ人質を殺すと言っているときに、警察が強行突入することも出来なくなります。強行突入で警察側にも死者が出るかもしれないし、犯人を射殺しなければならない状況になるかもしれないけど、被害者を最小限に抑えるためにはどうするかを考えて実行するのが国や警察の務めでしょう。説得して駄目だったら人質死んでも仕方がないといって諦観するのが倫理的に正しいんですか?

いったい貴方は何が言いたいんですか?

平田

>可能です。「差別は悪である」とか「殺人は悪である」と決めつけることができるのと同様に可能です。

戦争が倫理的に悪であるということが、差別とか殺人は倫理的に悪であるとするのと同様に可能であり、教師が学校でそのことを生徒に教えてよいとするなら、50年後も100年後も日本は戦争をすることが出来なくなるんですけど間違っているとは思いませんか?

>刷り込まれた否かは誰にも分かりません。人間の認識はすべて刷り込まれたものである、とも言えるからです。したがって刷り込まれたか否かはあまり重要ではなく、どのような倫理を価値基準として選択しているか、ということが重要なのです。

教師によって間違って刷り込まれたものではないかと言っているのです。人間の認識とはどのようなものだなどとは言っていませんし、教師がどんな倫理を価値基準として選択しているかは自由です。教師が、その自分の選択している価値基準とする倫理を勝手に生徒に教えていることが間違っていると何度言えば分かって貰えるのでしょうか?

福田

>オウムは現在のこと、たから「仕方がなかった」では無く現在の論理で解釈して法律に触れた。

善悪の基準は法律だけに限りません。善悪の基準を法律に限定してしまうと、法に触れなければ何をしてもいい、というロジックになってしまいます。

>それ以前に躾は親の責任と書いてある。それともあなたは躾を学校の責任にしたいの?

学校では親の目は子供に直接的に届きませんから、必然的に善悪を教える役割は教師が担う必要があります。善悪を教える役割の担い手をどちらか一方に限定する必要はどこにもありません。

>戦争の主体は「国」であって、国が殺人をするのはある意味仕方が無い部分もある。例.死刑
国の役目は自国民を守ることだから

しかし戦争は自国民を死に至らしめますから、自国民を守っていると言い難いでしょう。また、死刑に関しても死刑囚という自国民を死に至らしめているわけですから、自国民を守っているとは言い難いですしょう。

福田

>一般的に全ての戦争が倫理的に悪だと決め付けることは出来ますか?と訊いているのです。

可能です。「差別は悪である」とか「殺人は悪である」と決めつけることができるのと同様に可能です。

>倫理的に戦争は悪であると思い込んでますが、それこそが刷り込まれた結果なのではないでしょうか?と言っています。

刷り込まれた否かは誰にも分かりません。人間の認識はすべて刷り込まれたものである、とも言えるからです。したがって刷り込まれたか否かはあまり重要ではなく、どのような倫理を価値基準として選択しているか、ということが重要なのです。

sakimi

まだ続いてたのか…
平田さんお疲れ

自分の書いた文脈程度は把握してください>福田さん

>そのことは学校で教えてもいいのでしょうか。

オウムは現在のこと、たから「仕方がなかった」では無く現在の論理で解釈して法律に触れた。

>いえ、私は現代の倫理で解釈するべきだ

君の言う、これ↑と解釈の違いがあるかな?

それ以前に躾は親の責任と書いてある。それともあなたは躾を学校の責任にしたいの?
無責任だな

>ちなみに戦争は殺人であるとも言えると思いますが、「悪」ではないのでしょうか。

戦争の主体は「国」であって、国が殺人をするのはある意味仕方が無い部分もある。例.死刑
国の役目は自国民を守ることだから

平田

 お願いですから人の日本語を正しく理解しようとしてください(涙)。それから、人の質問に全く答えずに、都合いいところだけを引用して曲解する印象操作をすることが許されるならば、こんなことになりますよ。と随分前にも貴方に説明したことがありますよね。

>>歴史以外の授業については言及してません。

『「私は」歴史以外の授業については言及していない。』という意味で、一般的に道徳や倫理の授業では歴史を引用していないとは誰も言っていません。教科書に憲法が書いてあるかどうかではなく、

歴史の授業において(教師が)戦争(歴史的な事件)について教えている時に(教師の単なる思い込みである)「戦争は悪である」などと付して教える必要はない。それは変な教え方(刷り込み)である。と言っています。

一般的に全ての戦争が倫理的に悪だと決め付けることは出来ますか?と訊いているのです。倫理的に戦争は悪であると思い込んでますが、それこそが刷り込まれた結果なのではないでしょうか?と言っています。
(無駄死に発言の時からずーとそう言っているのに(泣))

>それらを今後やめるべきだ、というお考えであるということですね。(後略)

誰もそんなことは言っていません。(後略)

福田

>歴史以外の授業については言及してません。答えるとするならば、歴史の時間は歴史、道徳の時間は道徳、算数の時間は算数を教えればいいと思いますとしか答えようがありません。
>歴史の授業で憲法教えてどうするの?と言っているだけです。

一般的に道徳や倫理の授業では歴史への言及がなされていますし(テキストに歴史の記述がありますからね)、一般的に歴史の授業では憲法を習うわけですが(テキストに憲法の記述がありますからね)、それらを今後やめるべきだ、というお考えであるということですね。アイデアとしては斬新ですが、それは教師レベルの話ではなくて教科書レベルの話でしょう。もともと偏向教師がいるから愛国心教育を導入すべきであるとおっしゃっていたことと話が違ってきてますよ。

平田

今回は、誰もそんなこと言ってないメソッドの羅列ですね。何について話をしているのか俯瞰しながら考えるようにした方が宜しいのではないでしょうか。

>「戦争についてです。それから歴史の授業においてです。」とおっしゃるあたり、歴史以外の授業であればオウム事件を善悪を付して教えてもいいということでしょうか。

歴史の授業において戦争(歴史的な事件)について教えている時に「戦争は悪である」などと付して教える必要はない。それは変な教え方(刷り込み)である。と言っています。
 歴史以外の授業については言及してません。答えるとするならば、歴史の時間は歴史、道徳の時間は道徳、算数の時間は算数を教えればいいと思いますとしか答えようがありません。

>戦争以外に選択肢はないとおっしゃるわけですね。

ですから誰もそんなことはおっしゃっていません。そういう戦争は倫理的に悪だと決め付けることは出来ますか?と訊いているのです。倫理的に戦争は悪であると思い込んでますが、それこそが刷り込まれた結果なのではないでしょうかと言っています。
(無駄死に発言の時からずーとそう言っているのに(泣))

>結局、「憲法的な価値を生徒に教えるべきではない」とする根拠を提示できないのでしょうか。

だから教えるべきではないなんて誰も言ってないと何度言えば宜しいのでしょうか。
歴史の授業で憲法教えてどうするの?と言っているだけです。

何について話をしているのかもう一度よく考えてから質問してくださいね(願)。

福田

>殺人・窃盗・嘘の三大要素はいかなる宗教でも悪というか罪です。
なのでオウムは殺人を犯した段階で「悪」

そのことは学校で教えてもいいのでしょうか。ちなみに戦争は殺人であるとも言えると思いますが、「悪」ではないのでしょうか。

>現在の場合、その行為がその時の法に触れるか触れないかしか判断基準が無いんですが?

いえ、私は現代の倫理で解釈するべきだ、と言っているわけですから、「その行為がその時の法に触れるか触れないかしか判断基準が無い」というのは私への批判にはなり得ないでしょう。小倉さんの引用になりますが、「人を殺めてはいけない」とか「人の物を盗んではいけない」とか「人から金品をだまし取ってはいけない」とか「女性を無理矢理レイプしてはいけない」とか「人を人種、民族、性別、宗教等を理由として差別してはいけない」とか「弱い者をいじめてはいけない」などは判断基準として十分通用する筈です。

福田

>いえいえ、戦争についてです。それから歴史の授業においてです。

「例えば革命も内戦と捉えれば戦争ですが」とおっしゃっていたのは平田さんだったと思うのですが、まあそれは置いておいたとしても、「戦争についてです。それから歴史の授業においてです。」とおっしゃるあたり、歴史以外の授業であればオウム事件を善悪を付して教えてもいいということでしょうか。また歴史の授業において例えば、虐殺や差別などに善悪を付すと「変な教え方」とみなされる理由は何でしょうか。

>戦争は倫理的に悪だからそんなことは出来ない仕方がないといって見て見ぬ振りをするのは、人として許されるのでしょうか?

戦争以外に選択肢はないとおっしゃるわけですね。それもまたすごいロジックですね。ちなみにそのロジックは生徒に教えても構わないのですか?

>これ以降に関しても論点ずれていると思うのですが、一点だけ。

結局、「憲法的な価値を生徒に教えるべきではない」とする根拠を提示できないのでしょうか。まあ「論点ずれている」などと言っておけば、都合の悪い問いには答えずに済むとお考えになるのも困ったものですが、もともと根拠などなかったのだと考えれば、「仕方がない」のかも知れません。

sakimi

福田さんへ
私の質問には答える気が無いようなので、あなたの論理から読み解いて見ます。

>私は「いけないこと」を「悪」という言葉で表現しました(今後、そのようにお読み換えください)。

これを前提に考えて見ましょう。

>自分が正義と思ってやっていることに対しては他の誰も後で善悪を決めることができないということですね。

ただし、そこには社会的常識って深い溝が存在します。
例.モーセの十戒
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%8D%81%E6%88%92
3.~10.(7.は微妙だが)は他人として身に着けておく常識ですね。
ユダヤ、イスラム、仏教、神道でも同様のことは教えにある

だから躾は親の義務と主張しておいた

>ならば例えばオウム事件などに善悪を付すこともいけないことになってきますよね。

殺人・窃盗・嘘の三大要素はいかなる宗教でも悪というか罪です。
なのでオウムは殺人を犯した段階で「悪」

>それって単に「仕方がなかった」と言っているのとあまり変わらないよう思います。

「仕方がなかった」で許されるのは、その方法を選ぶか自分が死ぬか二者択一の場合しかないのですが?
例.正当防衛

やった行為が善か悪かってのは、歴史家に任せるべきであり
現在の場合、その行為がその時の法に触れるか触れないかしか判断基準が無いんですが?
そうでなければ裁判なんて出来ないし、憲法・法律が改正されない限り過去の判例を引用するって制度は崩壊します。

平田

>自分が正義と思ってやっていることに対しては他の誰も後で善悪を決めることができないということですね。ならば例えばオウム事件などに善悪を付すこともいけないことになってきますよね。

また、微妙に論点が変化してますね。そういうことは止めてくださいと言っているのに(泣)。
 いえいえ、戦争についてです。それから歴史の授業においてです。歴史の教師が善悪を付して、ことさらに生徒に教えたら「宗教は悪である」と刷り込まれる生徒もいるでしょうね(というか「宗教は悪である」ということを教えるためにオウム事件を例にして教えるのはそれこそ印象操作ですよね)。

>私は倫理概念として「戦争は悪である」と述べています

なんか前から引っ掛かっていたんですが、倫理概念として「戦争は悪である」ってなんか変じゃないですか。独裁政権で多くの餓死者や悲惨な子供達がいてどうしようもない国の政権を多国籍軍で攻めるのはどうなのよ、と考えると戦争は倫理的に悪だからそんなことは出来ない仕方がないといって見て見ぬ振りをするのは、人として許されるのでしょうか?

>先の大戦が「惨禍」であったということについては憲法前文に書かれているわけです。

これ以降に関しても論点ずれていると思うのですが、一点だけ。
天皇を神だと神聖視して崇めるのも、憲法を絶対的なものとして崇めるのも本質的には同様の思想であることは解かってますよね。

福田

>始める時は双方とも自分が正義と思ってやっているわけだけし、後付でもそんな簡単に決められる人はいないでしょう、という意味で神だけだと書きました。

自分が正義と思ってやっていることに対しては他の誰も後で善悪を決めることができないということですね。ならば例えばオウム事件などに善悪を付すこともいけないことになってきますよね。それって単に「仕方がなかった」と言っているのとあまり変わらないよう思います。

>私が言いたかったのは、貴方が悪い戦争(いけない戦争)と言っているのはどの戦争のことなんでしょうか。

私は倫理概念として「戦争は悪である」と述べていますが、中世における戦争と近代おける戦争とではその「惨禍」の程度が異なりますから、もちろん一様には語り得ません。念頭にあるのが日本が関わった中でももっとも程度の高い「惨禍」である第二次世界大戦であっても不思議ではないと思います。

>具体的に頭の中にありますよね。なぜそんなことを歴史の教師が決めて生徒に教えてよいのでしょうか。それは変な教え方ですということです。

先の大戦が「惨禍」であったということについては憲法前文に書かれているわけです。あるいは「差別をしてはいけない」ということ関しても憲法14条に書かれているわけです。これらを尊重することが「刷り込み」に該当し、それらを教えることが「変な教え方」であるということですね。しかしそれは憲法の理念を否定していることになりませんか。また子供たちに憲法を教えることも「変な教え方」であることになってしまいます。

irose

・コンテキスト の検索結果 約 1,150,000 件
・コンテクスト の検索結果 約 646,000 件
・コンテクスト ベイトソン の検索結果 約 963 件
・コンテキスト ベイトソン の検索結果 約 155 件

> 日本語で敢えて「コンテクスト」などという単語を使用していれば、辞典で知りうる程度の意味ではないことは明白だと思うのですが・・・

無茶にも程がある。

で、ベイトソンって何だっけ?と思ったら、ああ、パブロフの犬と絡めて話されるアレか。リアクションの元となる経験則。
(わからない人は「ベイトソン コンテクストとは」でぐぐるとよし)

・・・それがどう「批判」(しかもその当時知りえない未来の倫理基準による)と繋がるのか不明。

てか、まさか・・・「歴史の『授業』」も、ベイトソンのいう「学習」という意味で言ってないですよね?

平田

>「戦争は悪である」は「変な教え方」だが、「戦争はいけない」という教え方であれば問題ないのですね。では、私の言い方の問題かも知れません。私は「いけないこと」を「悪」という言葉で表現しました(今後、そのようにお読み換えください)。

ごめんなさい。書き方が悪かったかもしれません。
>戦争というのは歴史的な事件(もしくは事故、あるいは事象)です。善も悪ない。
ということを書いたので、じゃー人殺しにも善も悪もないのか、というとそういう意味じゃないですよと付け加えただけで、言い方の問題を言っているわけじゃないのです。

歴史上の全ての戦争について、これは善い戦争、これは悪い戦争と決められるわけないですよね。始める時は双方とも自分が正義と思ってやっているわけだけし、後付でもそんな簡単に決められる人はいないでしょう、という意味で神だけだと書きました。

私が言いたかったのは、貴方が悪い戦争(いけない戦争)と言っているのはどの戦争のことなんでしょうか。具体的に頭の中にありますよね。なぜそんなことを歴史の教師が決めて生徒に教えてよいのでしょうか。それは変な教え方ですということです。

>そのような教え方が愛国心教育であるとお考えでしょうか。

そういう間違った教え方をしないようにするのも教育法改正の目的だと思いますが、愛国心教育だとは思っていません。

福田

>「変なこと」というのは多分「変な教え方」ということだと思います。

「戦争は悪である」は「変な教え方」だが、「戦争はいけない」という教え方であれば問題ないのですね。では、私の言い方の問題かも知れません。私は「いけないこと」を「悪」という言葉で表現しました(今後、そのようにお読み換えください)。

>人間の歴史で過去に起きた全ての戦争について「悪」であると誰が決められますか。たぶん神だけです。

キリスト教の方ですか?私は善悪(いいこと・いけないこと)を人間が決めるべきだと思います。

>少なくとも、偏差値の低い学校を出た私はそう教えてもらいました。

そのような教え方が愛国心教育であるとお考えでしょうか。

sakimi

福田さん
嘘を教えることは善ですか?

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